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しばんちろぐ (序章&外伝)

基本は、2003年5月から、2004年1月頃の、昔のホムペから復元した日記。

【外伝】 英語学習の「喪中」。

  § チョ、チョット待て!
  §
 _(ニ)_  \
`/∴∵∴ヽ  \
∥ ̄ ̄ ̄∥   \
{―(゚Д゚)}  @二)二)
{ニ(ノニニ}    /
{____}   /∧∧
  ∪∪    ((∀` )
        ヽと ヽ
        (⌒) )
          ̄(_)


  § ━┓〃  ━
  §  ┃━━  ┃
  § ━┛   ━┛
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`/∴∵∴ヽ 《
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{ニOニニ} 《
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 ii∥i   /∧∧
⊂⊃    ((∀`/)
"∧∧ ∩  \  )
( +Д)っ|  < <、二)
と___二つ (_)

今年も、残すところあと1日。
新年を迎える準備が万端整っている方も、今鋭意準備中な方も、「これから頑張ります」な方も・・・いろいろだと思います。

そして、忘れちゃいけない、来年が「喪中」で、静かなお正月を迎えようとしている方も、少なからずいらっしゃる。

しばんちは、昨年が、喪中だった。
父は、おととし6月、「定年」を迎えぬまま逝った。
母たちはとっても寂しがったけど、私は、「父的には、思い残すことなく生き切っただろう」って思う。
その「喪中」・・・ちょっと寂しく、静かなもんだけど、楽チンな面もあるんです。
年賀状作成を気にしなくて済んだり、来客準備をしなくても済んだり。

 

西暦が変わるたびに、必ず行き会う「お正月」。
1981年(中学1年になった年)に、英語は、私の心を撃ち落とした。
英語が、私の心にホッとできる空間を作った。
英語が、日本語だとうまく言えない気持ちを、たくさんたくさん、代弁してくれるようになっていった。
自分を好きになる後押しをしてくれた先生も、英語の先生だった。
本気でその先生に肖って、同じ職業を目指して、夢ひとつかなえた。
大学で英語専攻して、教員免許取って、教員試験をひと夏で潜り抜けて、中学校に勤めた。
1991年。

 

だけど、その夢、勤め先で、破れてしまう。
「何のための教職課程?」「何のための教育法??」「現場で求められてる事と、全然違う・・・」
「生活のため」って、割り切ればよかったのかもしれない。
「教師でない素の自分の時間」をもっと強く意識すればよかったのかもしれない。
「夢かなえた、やった~~」と、喜んでしまったのが、今思えば敗因なのだけど、20年前の自分は、その辺がウブで、浅はかだったから、「現場の現実」と、「教員養成場での理想」との両方に、社会人としての初心部分を打ち砕かれた。

 

「他の仕事をして、自信を取り戻したい」と思い始めた1993年。
前年3月に、ひょんなキッカケで出会った現夫と結婚、本心は教員生活に挫折してるのに、上司・同僚達にはホントに温かく中学校から送り出していただいた。
「他の仕事」をするのは、実は、英語をもう見たくも聞きたくもなくなってしまったから
「他の仕事」をしたら、自信を取り戻せたかは不明だけど、落ち込みから抜け出すことだけは、半年くらいでできた。
オフィスワークもそこそこ楽しめて、英語と関係ない検定(日商ワープロ検定)を自主的に取った。
オフィスワークで「これから!」と思った矢先に、第1子の妊娠。
1994年2月。
そして、妊娠報告した途端の雇い止め・・・「授かったその時を大事にしなさい」ってきれいな言葉で送られたけど、今考えれば、あれは即解雇。
気持ちの踏ん切りをつけて、「家庭でがんばろう」って思うまでに、半年を要した。

やっぱ、「授かったその時」だったのか、以後、1999年まで、丸6年間、妊娠か授乳のどちらかをしていた。

 

 6年も妊婦と0歳児ママを交互にやってると、催乳ホルモン効果で、「家にいるのもいいじゃん。家庭でがんばろう」が、本能的に湧いてきた。
それはそれで、フツーーーーに楽しい時間だった。
公園も、幼稚園ママ生活前期~中期(1998~2003/03) も、いろいろありつつもフツーに楽しかったし、何かあっても「元同業者先輩ママさん」達に見守られていた。

 

その頃の「英語」は・・・・?
NHK教育テレビで流れてるのを、ちら見するだけだった。

えいごであそぼ とか、 えいごリアン・・・


でも、少しずつ、私の中の「英語の虫」が、疼き出す。
中学校辞めた時みたいに、「英語、見たくも聞きたくもない」でなくなってる。
私の前職を知った当時の幼稚園の先生が、私に、単発英語イベントを主催させてくれたりもした。
決め手になったのは、学生時代の同期との、思いがけない再会。
彼は、教員試験は失敗したのだけど、既卒ハンデを克服して、地元で名のある企業に籍を置いて活躍している。
そして、再開時、次のひとことで、私を再度英語道へと連れ出した。
2003年の、早春のハナシ。

これからの英語教員は、最低でも英検は準1以上、TOEICは730以上を持っていないと、務まらなくなっていく。
しばはすでに英検は持ってる。TOEICも揃えて、この先いつでも復帰できるように準備するんだ。

 

・・・自分の英語への取り組みを、彼に見守っていてほしい、って思った。
奇跡的確率でしか、顔を合わせられない彼に、会えなくても、telやメールなどで手間を取らせずに、彼の余暇に合わせて自分の近況を伝えるには、どんな手段を使おうか?

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(画像は、2011年初め頃のHPデザイン)

こうして、私の英語学習season 2と、ホームページ生活は、始まりました。
ブログに載せている「2003年5月5日」が、最初のHPを公開した日。
英語学習の長い長い喪が明けた日です。

 

 

 

 

 

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